大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)804号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告は、原告志水和子に対し金六〇〇万円、同志水俊彦、同志水春与、同時廣美代に対し各金二〇〇万円及び右各金員に対する昭和六一年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  事故の発生

訴外志水龍雄(以下「亡龍雄」という。)は次の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

(一) 日時 昭和六一年五月一五日午前六時四三分ころ

(二) 場所 兵庫県宍粟郡山崎町須賀沢八〇九先道路上

(三) 加害車両 大型貨物車(車両番号 姫路一一か五二九八号)訴外香川信司(以下「訴外香川」という。)運転

(四) 被害車両 普通貨物車(車両番号 姫路一一は七三三三号)亡龍雄運転

(五) 態様 加害車両と被害車両とが正面衝突。

2  責任原因

訴外日本通運株式会社(以下「訴外会社」という。)は、加害車両を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるところ、同社は被告との間で加害車両について昭和六〇年二月二日から期間一年の自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

3  損害

(一) 逸失利益

亡龍雄は、事故当時五二歳の男子であり、農業兼食料品雑貨の小売業に従事し、一家の生計を支えていた。

そこで、六七歳まで就労可能(ホフマン係数一〇・九八一)、生活費割合三〇パーセント、賃金センサスによる平均賃金(年収五二一万五四〇〇円)により亡龍雄の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり金四〇八八万八四八五円となる。

5,215,400×400×0.7×10.9818=40,088,485

原告志水和子(以下「原告和子」という。)は亡龍雄の妻、その余の原告らは亡龍雄の子であるところ、法定相続分により、原告らは、次のとおり、亡龍雄の右損害賠償債権を相続した。

原告和子 二〇〇四万四二四二円

その余の原告ら 各六六八万一四一四円

(二) 慰謝料

原告らの慰謝料は、亡龍雄本人のそれの相続分も含め、次のとおりが相当である。

原告和子 九〇〇万円

その余の原告ら 各三〇〇万円

(三) 葬儀費用

亡き龍雄の葬儀は原告和子が主催し、金一〇〇万円を支出した。

(四) 合計

以上原告和子の損害金合計は三〇〇四万四二四二円、その余の原告らは各九六八万一四一四円となる。

4  よつて、原告らは被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、右損害金の内金として、原告志水和子は金六〇〇万円、原告志水俊彦同志水春与同時廣美代は各二〇〇万円宛と右各金員に対する本件事故発生の日の後である昭和六一年五月一六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

請求原因第1、第2項の事実は認め、同第3項は争う

三  被告(抗弁)

1  自賠法免責

本件事故は、亡龍雄運転の被害車両がセンターラインを越えて対向車線に進入し、かつ制動措置を全くとらなかつたため生じた同人の一方的過失に基づく事故である。これに対し訴外香川は、パツシング(前照灯の点滅)・警笛吹鳴・ハンドル・ブレーキの操作などのできる限りの事故回避措置を尽くしたものであるから、同人には過失はなく、かつ加害車両には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつたのであるから、訴外会社は自賠法三条の責任をおわず、従つて、被告は責任がない。

2  過失相殺

仮に右主張が認められないとしても、亡龍雄の前記過失は本件損害賠償額の算定にあたり斟酌されるべきである。

四  原告ら(抗弁に対する認否)

1  抗弁第1項の事実中、亡龍雄運転の被害車両がセンターラインをオーバーしたことは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

訴外香川は、前方約七六・八メートルの地点に被害車両を認め、パツシング・警笛吹鳴の措置をとつているところ、同人は右時点である種の危険を感得していたのであるから、直ちにハンドル・ブレーキ操作により衝突回避の措置を講ずべきであつたのに、同人にはパツシング・警笛吹鳴の措置をとつたのみでこれを怠つた過失がある。また、訴外香川は、被害車両との間隔約四七・二メートルの地点でようやくブレーキ操作をしたが、同人には、右ブレーキ操作が十分でなかつた過失(現場に残されたスリツプ痕によると右制動措置は急制動措置とは認められない。)及びハンドル操作をとらなかつた過失がある。訴外香川が右各措置を的確になしておれば、衝突回避の可能性はあつたし、仮に衝突自体は避けえなかつたとしても、被害車両の受ける衝撃は著しく軽減され、亡龍雄の受けた傷害も軽減された可能性が高い。以上のとおり、本件事故発生には訴外香川の過失が認められるし、仮にそうでないとしても、本件事故態様によると、訴外香川のとつた措置が十分でなかつた疑いは残り、被告の免責事由の立証は尽されていないものというべきであるから、被告の自賠法免責の抗弁は理由がない。

2  同第2項は争う。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因第1項(本件事故の発生)、同第2項(責任原因・自賠責保険契約の締結)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。従つて、被告は自賠法三条一項但書所定の免責事由を主張立証しないかぎり本件事故により亡龍雄が被つた損害を賠償する責任がある。

二  そこで、抗弁1(自賠法免責の抗弁)について検討する。

1  いずれも成立に争いのない甲第一ないし第四号証、第六、第七号証並びに証人香川信司の証言(但し、後記措信しない部分を除く。)によれば、本件事故現場である道路(国道二九号線)は、二車線(片側一車線)、一車線の幅三メートルの平坦なアスフアルト舗装道路であること、本件事故現場付近は見通しのよい直線道路で、最高速度時速五〇キロメートル及び追越禁止の交通規制がなされていること、加害車両進行車線の南側には幅一メートルの路側帯が、さらにその南側には歩道が設置されており、路側帯と歩道との間にはガードレールが設置されていること、訴外香川は加害車両を運転して右道路を東から西へ向け時速約五五キロメートルの速度で進行していたところ、前方約七六・八メートルの地点(以下「発見地点」という。)に対向車線を西から東に向け進行してきた被害車両が、センターラインをはみだしそうになりながら進行してくるのを認め、パツシング・警笛吹鳴の措置をとつたこと、訴外香川は被害車両が発見地点から次第にセンターラインをはみだして加害車両進行車線に侵入・進行してくるのを前方約四七・二メートルの地点(以下「制動開始地点」という。)に認め危険を感じて、右パツシング・警笛吹鳴に引き続き急制動の措置をとつたが、間にあわず、センターラインをまたいで斜めに加害車両進行車線に侵入・進行してきた被害車両と正面衝突したこと、衝突・停止した加害車両の位置は、同車両進行車線の南端に同車両の左側端がほぼ一致する位置であつて、ガードレールまでの距離は路側帯部分を含め約一・三メートルであつたこと、被害車両は衝突時まで全く制動措置をとることなく、かつ減速することもなかつたこと、加害車両は車体の長さ一一・五五メートル、車幅二・五メートルの普通貨物自動車であることが認められ、証人香川信司の証言中右認定に反する供述部分は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、本件事故は、亡龍雄が前方注視を全く欠いた状態で(居眠り運転の可能性が高い。)反対車線に被害車両を進入せしめ、かつ、制動操作等全く衝突回避措置をなさなかつた過失に基づき発生したものというべきである。他方、訴外香川は、被害車両を発見地点に認めた時点でパツシング及び警笛吹鳴の警告措置をとり、引き続き、被害車両が同車進行車線に戻ろうとする気配がなく、さらにセンターラインを越えて加害車両進行車線に進入してくるのを制動開始地点付近に認め、急制動の措置をとつたものであるから、その走行には過失はないものと認めるのが相当である。原告らは、発見地点に被害車両を認めた時点で、訴外香川は制動措置等衝突回避措置をとるべきであつたと主張するが、前掲甲第二、第三号証並びに証人香川信司の証言によれば、右時点で、被害車両はセンターラインをはみだしそうな位置を走行していたとはいうものの、明らかに居眠り運転等異常な運転がなされているものと窺わせる走行状態にはなかつたものと認められるから、このような場合、対向車両の運転者としては、とりあえずパツシング・警笛吹鳴の措置をとり、亡龍雄にセンターラインをはみだすことのないよう警告を与えれば、亡龍雄が危険な走行をしないであろうと考えるのは通常の運転態度というべきであり、前認定のとおり、引き続き訴外香川が急制動の措置をとつていることをも考え合わせると、右時点で急制動等の衝突回避措置をとらなかつたことをもつて訴外香川に過失があるものとはいえない。さらに、原告らは、制動開始地点に被害車両を認めた時点で、訴外香川は制動の措置はとつたものの急制動ではなく不十分であつたし、衝突回避のためのハンドル操作はほとんどなされていない旨主張する。訴外香川が急制動の措置をとつたことは、前認定のとおりである(前掲甲第二号証によれば、本件事故現場の路面には、加害車両の左後輪のスリツプ痕が断続して三・八メートル及び四・一メートルにわたり存在したことが認められるが、右事実は右認定を左右するに足りる資料となるものではない。)から、右制動措置不十分との原告らの主張は採用できない。また、前掲各証拠によれば、訴外香川がほとんどハンドル操作をしていないことは、原告ら主張のとおりであると認められるが、本件事故現場道路の幅員、加害車両の車体の幅、被害車両の走行状態等前認定の諸事実を考え合わせると、左にハンドルを切つて衝突を回避することは不可能であつたものと認められるから、右原告らの主張も採用できない。

以上のとおり、加害車両の運転者である訴外香川には本件事故を回避する手だてはなかつたものと認められる。

3  そして、前掲甲第二号証、証人香川信司の証言並びに弁論の全趣旨によれば、加害車両に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

4  以上のとおり、被告の自賠法免責の抗弁は理由がある。

三  以上の事実によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉森研二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例